【実演】中赤外分光器による
エンジンオイルの測定・分析
2022.08.05 | 中赤外分光器
ドイツに拠点を置く光学機器メーカーSpectrolytic(スペクトロリック)社が提供する「中赤外分光システム」。
該当製品シリーズ(IR Sphinxシリーズ)を用いることで、エンジンオイルから肥料の分析まで、幅広いアプリケーションでの分光分析が可能になります。
今回は「IR Sphinx ATR:全反射測定タイプ」を用いて「エンジンオイル」の分析を行いました。
- 製品の使用方法
- エンジンオイルの中赤外域のスペクトルデータ
- 赤外分光法の原理
を中心にご紹介いたします。
測定環境紹介
まずは、エンジンオイル測定時の環境をお伝えいたします。
こちらが測定時の環境です。
準備した機器・道具と使用用途
今回、実験のために準備した機器や道具、そして道具をどのように使用したか、解説いたします。
- 中赤外分光器:エンジンオイルの測定
- ノートパソコン:測定データの解析
- 【新品】エンジンオイル:液体試料
- 【劣化】エンジンオイル:液体試料
- 紙コップ:スポイトの仮置場
- ペーパー:液体の拭き取り
また、これらの道具に加え「スポイト」と「IPA」を使用いたしました。
- スポイト:液体試料の設置
- IPA(2-プロパノール):器具の洗浄
実験で使用した中赤外分光器
こちらが、今回「エンジンオイル」の測定の際に使用した「中赤外分光システムIR Sphinx ATR:全反射測定タイプ」です。
- 小型(165x74x35mm)かつ軽量(~710g)
- 迅速なデータ測定が可能(30〜90秒程度)
- 外部環境に影響されにくい(屋外・特殊環境での利用に適合)
解析機能のついた専用ソフトウェアがついているため、データの取得、分析もスムーズに行えます。
また、システム内部には、全反射測定法が用いられています。
全反射分光法(ATR法)とは
全反射分光法(Attenuated Total Reflection:略AIR)とは、赤外分光法と組み合わせて用いられる測定技術で、固体や液体など、様々なサンプルの「吸収スペクトル」を測定することができます。
※今回、使用したモデルは、波長帯「1800–900cm-1(5.5–11.0μm)」を測定する「IRSphinx ATR Portable」(製品番号:917200-01)です。詳細は製品ページ仕様表をご覧ください。
今回測定するエンジンオイル2種
今回は「種類」と「状態」の異なる2つのエンジンオイルを測定します。 画像をご覧ください。
- 黒いオイル:劣化したエンジンオイル
- 青いオイル:新品のエンジンオイル
こちらのオイルは、それぞれ成分が異なっています。
エンジンオイルを測定
それでは、実際の測定に入っていきましょう。
準備中赤外分光器(ATR測定器)のセッテイング
中赤外分光システムをセッティングします。
電源コードをコンセントに挿し、ノートパソコンとUSB接続します。
※中赤外分光システムは、電池でも稼働します。
測定中赤外分光システムによる測定
「ATRクリスタル」にエンジンオイルを設置
測定の前に、まずはエンジンオイルを載せる「ATRクリスタル」について、ご説明いたします。
ATRクリスタルとは、測定試料を設置する結晶のことです。
ATRクリスタルは、セレン化亜鉛(ZnSe)と、硫化亜鉛(ZnS)によってできております。
これらは、中赤外の波長帯を効率よく通す化合物です。
エンジンオイルの測定
スポイトでエンジンオイルを、ATRクリスタル上に設置します。
今回は、スキャニングを200で設定しています。(各波長あたり200回測定して、その平均をデータとして出すという設定です。)
その後、30〜60秒程度で、測定データが表示されます。
測定後のアルコール処理
測定済みのエンジンオイルを拭き取ります。
IPA(2-プロパノール)を、クリスタル上に流し込みます。
IPAを拭き取り、処理は完了です。
IPA(2-プロパノール)は、精密な実験器具を清潔に保つのに使われる、洗浄液として使用されています。
今回は、安定したデータを獲得するために、測定後は必ず、IPAによる処理を行いました。
中赤外分光システムの内部には、光源が設置されてます。
その光源から出る光(赤外線)が、ATRクリスタルの表面に当たります。赤外線の反射をスペクトルデータとして取得するため、クリスタルの表面の状態を綺麗に保つことで、安定した結果を獲得できます。
データの均一性について
上述の手順で、合計4回、測定を行いました。
- 【劣化】エンジンオイル:2回
- 【新品】エンジンオイル:2回
それぞれ2回ずつ、測定しました。
1回ではなく、2回測定を行ったのは、データの均一性を保証するためです。
複数回測定することで、データが測定ごとにばらついていないか等を確認できます。
測定結果(スペクトルデータ)
今回の測定結果が、こちらです。
測定データを確認・分析するためには、中赤外分光システムの専用ソフトウェア「Spectrum Viewer」を使います。
「Spectrum Viewer」では、基準となるデータを入れて比較する、ということも可能です。
今回のケースでは、2つのエンジンオイルのデータを比較しています。
画像のグラフは、合計4回の測定によって得られた4つのスペクトルデータを重ね合わせたものです。
グラフの縦軸、横軸は、それぞれ、
- 縦軸:吸収
- 横軸:波長
を表しています。 また、データについては、
- 赤と青のスペクトル曲線:【新品】エンジンオイル
- 緑と水色のスペクトル曲線:【劣化】エンジンオイル
グラフの色や傾きで「どちらのエンジンオイルのデータなのか」を区別できます。
スペクトルデータで注目すべきポイント
測定結果で注目すべきは、グラフの傾きに違いが大きく出ている箇所です。
今回は、この2箇所──ポイント1、ポイント2(画像参照)と言えるでしょう。
ポイント1高さ・傾きに注目
【ポイント1】では、2種類のエンジンオイルの「高さ」が異なっています。
しかし、双方のオイルも「2つの山と、1つの谷ができている」という点は共通しています。
整理すると【ポイント1】の箇所はグラフの傾きが類似しているが、高さが異なっているという状況です。
この結果から「高さのみが異なっているため、劣化度合いが現れている」という仮説を立てることができます。
何故、このような仮説が立てられるかというと、それは「赤外分光法の原理」と関わりがあります。
赤外分光法の原理
中赤外分光システムでは「赤外分光法(中赤外分光法)」が用いられています。
中赤外分光法では赤外線を物体に照射することで、測定対象に「どのぐらい光(赤外線)が吸収されたか」を明らかにします。
この方法で測定することで、化学物質の同定が可能になります。
つまり「どの成分が、どの程度含まれているか」を判別できるのですが、何故、赤外線を測定することで、成分がわかるのでしょうか。
それは「分子」と「赤外線」が関係しています。
分子は振動しているのですが、「振動の周波数」は分子ごとに異なります。つまり、二酸化炭素(CO2)には二酸化炭素の振動の周波数が、水(H2O)には水の振動の周波数があります。
そして「赤外線」もまた「周波数」を持ちます。
「分子の振動の周波数」と「赤外線の周波数」が一致するとき、分子は、赤外線を吸収します。
例えば、二酸化炭素(CO2)と、水(H2O)では「分子の振動の周波数」が違います。
そのため、それぞれが「吸収する赤外線の周波数」も異なるのです。
裏を返せば「それぞれの分子が吸収した赤外線の周波数」を測定することで「分子の振動の周波数」がわかります。
そして「分子の振動の周波数は分子ごとに異なっている」ため、中赤外分光法を用いることで、物質の同定が可能になります。
赤外分光法によって、試料(今回はエンジンオイル)を測定することで「試料が赤外線を、どのぐらい吸収したか」が見えてきます。
これはグラフデータを見ることで、判別できます。
- 横軸:波長(どの周波数を持つ赤外線か)
- 縦軸:吸収(赤外線をどのぐらい吸収したか)
つまり、グラフを見ることで、
どの周波数を持つの赤外線(横軸)がどのぐらい吸収(縦軸)されたか
がわかるため、赤外分光法による測定データを活用することで、成分分析が可能になるのです。
仮説:【ポイント1】では「オイルの劣化」が見られる
さて、もう一度、グラフをご覧ください。
スペクトル曲線が似通っていることから、近い波長の赤外線が吸収されていることが読み取れます。
これはつまり「同じ成分が使われている可能性が高い」ことを示します。
成分ごとに「どの波長の光をどのぐらい吸収するか」は違っている。
グラフのスペクトル曲線は、似たような形になった。
グラフの傾きから、2つのオイルには「同じ成分」が含まれていると推測できる。
しかし「どの程度、赤外線が吸収されているか」を表す、高さ(グラフ縦軸)は異なっています。
実際に測定したオイルは「新品」と「劣化」したものでした。
そのため、このグラフの高さの違いを鑑みるに「類似される成分が含まれているものの、状態が異なっているのではないか」と推測できます。
そのため【ポイント1】では「エンジンオイル成分の劣化度合いを表しているのではないか」という仮説を立てられます。
ポイント2グラフの傾きの違い
【ポイント2】はシンプルに、スペクトル曲線の傾きが異なっています。
【ポイント1】で記述した通り「同じ成分が入っている場合、グラフの傾きは類似する」ため、ここからは「オイルに入っている成分が異なっているのではないか」という仮説が立てられます。
データ分析で見えてきたこと
2つのポイント(ポイント1、ポイント2)に着目しながら、簡易的に分析を行ってみました。
「中赤外分光システム」を用いることで、次の2つの事柄を明らかにできます。
- 劣化度合い
- 成分の違い
今回は、簡単な実験のため深掘りせず、上記2点を「仮説」として説明いたしましたが、実際に、赤外分光法によって成分や測定対象の状態を見分けることができるという研究結果がいくつも報告されています。
スペクトルデータと、分子の吸収波長を併せて考えることで、具体的な成分まで特定することができます。
また「劣化度合い」については、専用ソフトウェア「Spectrum Viewer」についている「解析機能」を用いて分析することができます。
「解析機能」については「食塩水の濃度」を例に挙げて、ご説明いたします。
- 濃度10%の食塩水を測定して、データを「濃度10%」として記録する。
- 同様の手順で濃度20%など、様々な濃度の食塩水のデータを投入していく。
- データの投入が完了した段階で「濃度不明の食塩水」を測定する。
- 「解析機能」が、今までのデータから判断して、間を補完するような形で、濃度を割り出してくれる。
エンジンオイルの劣化度合いについても、いくつかサンプルデータを投入していただくことで、導き出せるようになります。
総括
中赤外分光システムを用いることで「エンジンオイルに含まれる成分」を明らかにできる。
また、サンプルデータを投入していくことで「劣化度合い」といった詳細な分析も可能になる。
中赤外分光システムの活用法
上述の通り、中赤外分光システムを用いることで、成分や劣化度合いの分析が可能です。 このことから、次のような活用が考えられます。
- エンジンオイルの成分分析
- 類似したエンジンオイルの判別
- エンジンオイルの検品
- 劣化したエンジンオイルを見分ける
例えばAとB、2つのエンジンオイルを、このシステムで分析することで「このオイルは本当に同じものか」を見ることができます。 また「成分ごとの吸収波長」と併せて見ることで、具体的な成分や状態まで明らかにできるため、詳細な分析も可能です。
実験で使用した製品
今回の実験で、使用した製品がこちらです。
中赤外分光システム IR Sphinx ATR:全反射測定タイプ
中赤外分光システム IR Sphinx ATR:全反射測定タイプ
- 測定波長帯域:1800–900cm-1(5.5–11.0μm)
- ATRクリスタル:セレン化亜鉛(ZnSe)
(※今回の実験で使用したIR Sphinx ATRは生産終了しております。現在弊社で取り扱っているオイルアナライザー製品についてはこちらをご覧ください。)
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