ハイパースペクトルカメラは、光を分光して撮影できる特殊カメラです。
通常のカメラ(RGBカメラ)よりも、多くの情報を取得できることから、幅広い用途で活用されています。
ハイパースペクトルカメラ工業分野の事例!
スペクトル解析の仕組みを解説
2023.01.17 | 異物・不適合品の検出, 膜厚測定, プラスチックの選別, 水分の測定
今回は「ハイパースペクトルカメラの工業分野での活用」について、撮影事例を交えながらお話しします。

ハイパースペクトルカメラ
特に弊社(ケイエルブイ株式会社)には、膜厚測定や水分の測定の用途で、ご相談いただくことが多いです。
とはいえ、ハイパースペクトルカメラは「カメラ」です。
カメラで「膜厚を測定できる」「プラスチックの材質(ポリエステル、ポリプロピレンなど)を見分けられる」と聞くと奇妙に思えるかもしれません。
そこで当ページでは、撮影事例を見ながら「なぜ可能なのか?」という「スペクトル解析の仕組み」について、お伝えしていきます。
ご紹介する撮影事例は、異物・不適合品の検出、膜厚測定、プラスチックの選別、水分量の測定の4つです。
- 異物・不適合品の検出
- 膜厚測定
- プラスチックの選別
- 水分の測定
まずは「異物・不適合品の検出」から見ていきましょう。
異物・不適合品の検出
ハイパースペクトルカメラは「異なる対象を見分ける」ことができます。
そのため、正常な製品群の中から「異物」や「不適合品」を識別できます。
ここではハイパースペクトルカメラで「異なる対象を見分ける」事例として「金属の判別」と「樹脂の判別」、2つの事例をご紹介していきます。
金属を判別する
まずは「6種類の金属」を判別した事例をご覧ください。
ハイパースペクトルカメラで、銅、鉄、アルミ、亜鉛、ニッケル、鉛の6つの金属を判別しました。
RGB画像

ハイパースペクトル画像

左のRGB画像では、肉眼で全ての金属の種類を正確に見分けることは困難です。
他方で右は、ハイパースペクトルカメラで撮影し、ソフトウェアで処理を施した画像(ハイパースペクトル画像)です。
こちらを見ると「6種類の金属」を明確に判別(色分け)できています。
ハイパースペクトル画像の「色分け」は、金属ごとの「波長の違い」によって、区別されています。
「波長」というのは「金属に反射・吸収されたりする光の波長」を指します。
つまり、ポイントは、物質ごとの「反射光・吸収光の違い」にあります。
リンゴが赤色、レモンが黄色に見えるように、物質によって「反射」や「吸収」する光が異なります。
例えば、リンゴは「赤色」に見えますが、これは「赤色の波長を持つ光」を反射しているためです。
レモンは「黄色の波長を持つ光」を反射して、それ以外の光を吸収したり、透過したりしているため「黄色」に見えます。
リンゴとレモンの反射光が異なるのは、これらを構成する物質が異なるためです。
金属も同様です。
銅(Cu)と鉄(Fe)では、それぞれ構成する元素が異なります。このため、それぞれの反射光・吸収光にも違いが現れます。

銅と鉄は反射光が異なる
ハイパースペクトルカメラは、それぞれの金属の「反射光」を撮影し、スペクトルデータとして記録します。
こちらがそれぞれの金属のスペクトルデータです。

6種類の金属のスペクトルデータ
スペクトルデータによって「波長(横軸)ごとの強度(縦軸)」が確認できます。
- 横軸:波長
- 縦軸:強度
パッと見ても「それぞれの波形の形」が異なっていることがわかります。
グラフの波形の形の違いは、各金属の反射光の「各波長の強度の違い」を表しています。
光の強度は、グラフの縦軸です。
グラフでは、鉛(緑の曲線)と鉄(オレンジの曲線)が、高い位置にありますが、これは反射光の強度が全体的に強い」ことを表しています。
それぞれのグラフの形が異なっている(金属ごとに反射光・吸収光が違う)ため、ハイパースペクトルカメラで、各金属を判別できます。
ここまでで、冒頭でご紹介したハイパースペクトル画像が、単に種類別に色分けしたのではなく、それぞれの金属の「波長ごとの強度の違い」を見て金属を判別した画像とご理解いただけると思います。

まとめると、
- 金属ごと(物質ごと)に反射光・吸収光の波長特性が異なる
- 反射光はスペクトルカメラで撮影可能
ハイパースペクトルカメラで取得したスペクトルデータで「類似した色の金属を見分けられる」ため、メッキ処理等「金属加工の確認」といった用途にお使いいただけます。
樹脂を判別する
こちらは、9種類の樹脂を判別した事例です。(プラスチックの材質の判別は記事後半に別途ご紹介します。)
RGB画像

ハイパースペクトル画像

以下、9種類の樹脂をハイパースペクトルカメラで判別しました。
- ポリエステル
- ニトリルゴム
- シリコン
- コットン
- ビニール
- ポリスチレン
- シルク
- ラテックス
- LDPE
ハイパースペクトルカメラで撮影することで、それぞれのスペクトルデータが得られます。
スペクトルデータから、各樹脂の「反射光」と「その強度」がわかります。

9種類の樹脂のスペクトルデータ
実際の使用シーンでは「スペクトルデータ」による「マッチング」を行います。
マッチングによって、スペクトルデータから、その樹脂の種類(ポリエステルか、シリコンか)がわかります。
ここまで「物質ごとに反射光が異なる」ことを利用して、ハイパースペクトルカメラは「反射光のデータから物質を区別できる」というお話をお伝えしました。
つまり、スペクトルデータを見ることで「それぞれの物質が何か」を判別できる、ということです。
ここからは、ハイパースペクトルカメラによる物質の同定について、詳しくお話しします。
物質を同定する
事例では、種類の異なる金属や樹脂を撮影して、それらのスペクトルデータを取得しました。
そして「物質が異なると、反射光のデータが異なる」ことがわかりました。
物質を同定する場合は、撮影した「スペクトルデータ」をデータベース化します。
例えば「物質A、物質B、物質Cを判別したい」という場合には、A、B、Cのサンプルを撮影して、得られたスペクトルデータを「データベース化」します。
作成したデータベースには、物質A、物質B、物質C、それぞれのスペクトルデータが記録されます。

スペクトルデータのデータベース化
さて、データベース化の後、今度はハイパースペクトルカメラで物質の種類(A、B、C)を判別したい「未知の物質」を撮影します。
すると、「未知の物質」のスペクトルデータが得られます。
こちらの物質が何かを同定する際には、ハイパースペクトルカメラのデータベースを参照します。
データベースから「スペクトルの特徴が一致する物質」を探します。

あらかじめデータベースを作成することで、ハイパースペクトルカメラで撮影するだけで対象を判別できます。
ライン上にハイパースペクトルカメラを設置して、異物や不適合品を検査する際は、このようにデータベースとのマッチングを行います。
まとめ
- 金属や樹脂の種類を判別できる
- データベースとのマッチングで物質を同定できる
このように、ハイパースペクトルカメラで撮影し、スペクトルデータから「波長ごとの強度の違い」を見ることで、製品と異物を区別できます。
またデータベースとのマッチングで物質の同定も可能です。
膜厚測定
次は、ハイパースペクトルカメラによる「膜厚測定の事例」をご紹介します。
ハイパースペクトルカメラで膜厚を測定できるため、半導体ウェハの膜厚管理や、フィルムの品質評価、塗布時のムラの管理にお使いいただけます。
塗りムラの可視化
まずはこちらをご覧ください。
こちらは、ガラスに塗布した「接着剤の塗りムラ」を検出した事例です。
RGB画像

band ratio画像

「band ratio画像」は、単なる白黒画像ではなく、バンド比の画像(ハイパースペクトルカメラで撮影した波長を比率ごとに表現した画像)です。
このように、RGB画像ではほとんどわからない「塗りムラ」も、ハイパースペクトルカメでの撮影によって、視覚的に確認できます。
半導体ウェハの膜厚測定
こちらは、Si上に熱酸化で酸化膜(Sio2)を1000nm成膜したウェハの撮影時の環境です。

ウェハの撮影環境
撮影には、ハイパースペクトルカメラPika Lが用いられました。
ハイパースペクトルカメラは上部に固定されています。レンズの向く先には、ウェハがあります。
ウェハは、横にスライドするステージ上に乗せられています。
ウェハが乗ったステージが横移動するのは、Pika Lの撮影方式が「ラインスキャン式」だからです。
ラインスキャン式では、一度に全てを撮影するのではなく、1ラインずつ走査して読み込んでいきます。(スキャナーの読み込みをイメージしていただくとわかりやすいかと思います。)

ラインスキャン式
そして、撮影したデータをソフトウェアで表示した画面がこちらです。

ウェハ撮影後のソフトウェアの画面
画面右上に「スペクトルデータ」があります。
ハイパースペクトルカメラの分析では、こちらのスペクトルデータから、膜厚を算出します。
ハイパースペクトルカメラによる膜厚の測定には、光の「干渉」(※1)を利用します。
(※1)干渉とは複数の波が重なった時に、波同士が弱められたり(打ち消されたり)、強め合ったりする現象です。
スペクトルデータを見ると、光の干渉によって、一定の波ができています。
このようなスペクトルデータに見られる、山と山(谷と谷)の距離が「硬膜の厚さ」と相関します。

膜厚と相関
上述の通り、ラインスキャン式のハイパースペクトルカメラの場合、1ラインずつ走査して撮影していきます。
この際、ハイパースペクトルカメラは対象を細かく(多点で)撮影できます。

より細かく撮影したい場合は、ハイパースペクトルカメラの「空間分解能」に注目すると良いでしょう。
(ハイパースペクトルカメラの場合「解像度」のことを「空間分解能」と表記します。)
ハイパースペクトルカメラの空間分解能は、カメラの性能に加えて「ステージの移動速度」や「撮影エリア(レンズ/WD)」 によって決まります。
縦方向の空間分解能は「撮影エリアと解像度」から、横方向は「移動速度と撮影速度」から計算します。
ハイパースペクトルカメラの空間分解能の求め方
空間分解能[縦]:撮影エリア[mm]÷解像度[pixel]
空間分解能[横]:ステージの移動速度[mm/sec]÷ 撮影速度[fps]

ウェハに限らず、ハイパースペクトルカメラによって、フィルムやコーティング、塗布の膜厚を測定し、管理できます。
ハイパースペクトルカメラの膜圧測定については、別記事でも解説していますので、ご参考ください。
まとめ
- ハイパースペクトルカメラで膜厚を測れる
- 半導体の膜厚測定、フィルム、コーティング、塗布剤の品質管理が可能
プラスチックの選別
ハイパースペクトルカメラによって「プラスチックの材質」を見分けたり、「成分量」を算出できます。
こちらは、ハイパースペクトルカメラで「プラスチックの材質」を判別した事例です。
PETボトルなど、5種類のプラスチックを判別しています。

スペクトルデータを見ると、それぞれの曲線が重ならず、バラけている様子が見て取れます。

実際に、こちらのスペクトルデータを見ることで、プラスチックの材質を判別できます。
なぜ材質がわかるのか?
さて、ここからは、スペクトルデータから、材質を判別する仕組みについてお伝えします。
当記事の前半でご紹介した「6種類の金属を判別した事例」でお伝えした通り、それぞれの物質ごとに反射・吸収する光は異なります。
これはプラスチックでも同様で、PET(ポリエチレンテレフタレート)とPVC(ポリ塩化ビニル)では、「吸収しやすい光」が異なります。
「近赤外線を用いた廃プラスチックの材質識別に関する研究」によると、PETは「1669nmの光」を吸収しやすく、PVCは「1716~1726nmの光」を吸収しやすいそうです。
PETが「1669nmの光」を吸収しやすいということは、PETに「1669nmの光」が当たっていても、そのほとんどがPETに吸収されるため「反射しない」ということです。

吸収光・反射光の関係
ハイパースペクトルカメラは「反射光」を撮影します。
そしてスペクトルデータからは「反射光の波長ごとの強弱」が読み取れます。
「反射光が弱い」場合、スペクトルデータにそれが現れます。

スペクトルデータのイメージ図
スペクトルデータの横軸が波長で、縦軸が強度です。
つまり1669nmの「反射光が弱い」場合は、1669nmの位置でグラフが凹みます。
この凹み(反射光の弱さ)が、物質による光の「吸収」を表しています。
スペクトルデータからは「対象がどの光を吸収しているか」を読み取れます。
この仕組みによって、プラスチックの材質を明らかにできます。
例えば「材質が不明なプラスチック」があるとします。
そのプラスチックが「1716~1726nmの光をよく吸収している」場合は「PVC」である、というように、スペクトルデータから材質を特定できます。
「プラスチックの選別」については、別記事にも分析の仕組みを詳細にまとめていますので、ご参考ください。
まとめ
- 「物質ごとに吸収光が異なる」ため、スペクトルデータから対象の判別が可能
- プラスチックの材質を区別できる
水分の測定
ハイパースペクトルカメラで「水分」を測定できます。
水を吸収しない対象上の水分を検出した事例としては、こちらが挙げられます。
RGB画像

band ratio画像

水、IPA、油、乳液の4種を共通のガラス板に滴下し、ハイパースペクトルカメラで撮影しました。
「濡れている部分を可視化」できるだけでなく、液体の種類も判別できます。
また、布に含まれた水分も検出できます。
RGB画像

ハイパースペクトル画像(バンド比)

水、IPA、油の3種を共通の布に滴下した事例です。
RGB画像では見分けがつきませんが、専用ソフトウェアの処理によって濡れている部分が明確に分かります。
それぞれの「液体の種類」もハイパースペクトルカメラの撮影で見分けられます。
上述の「プラスチックの材質の判別事例」で解説した通り「物質ごとに吸収光が異なる」ため、スペクトルデータを見ることで、液体の種類を特定できます。

3種類の液体(水、IPA、油)と布のスペクトルデータ
スペクトルデータを見ると、3種類の液体(水、IPA、油)と布では、グラフの傾きが異なっています。
肉眼では確認しずらい違いも、データを見ることで明確に分かります。
なぜ成分量を測定できるのか?
物質ごとに、反射・吸収する光は異なります。
そして、ハイパースペクトルカメラは「反射光」を撮影したスペクトルデータから、物質が「吸収した光(吸収光)」を割り出しています。
この手法によって、果物に含まれる「糖分」など、物質に含まれる成分量も求めることができます。
もちろん「水分量」も測定できます。
例えば、水(H2O)の場合は、1450nm、1940nm、2900nmの光をよく吸収します。
物質に含まれる「水分量」は、「反射光の強さ」にも現れます。
- 水分量が少ない→反射光が強い
- 水分量が多い→反射光が弱い

水分量の多・少と反射光の強度
例スペクトルデータは横軸が波長、縦軸が光の強度のため「波長ごとの反射光の強さ」がわかります。
「反射光の強弱」を見ることで、その物質が多く含まれているかどうかも見分けられるため、スペクトルデータから、水分量が多いか少ないかを見分けられます。

スペクトルデータから見る反射光の強弱(イメージ図)
まとめ
- ハイパースペクトルカメラで水分量を測定できる
- 液体の種類の判別も可能
【まとめ】スペクトル解析とアプリケーション
ここまで、異物・不適合品の検出、膜厚測定、プラスチックの選別、水分の測定の4つの事例を見ながら、スペクトル解析(スペクトルデータの分析)について、お伝えしてきました。
スペクトル解析
異物・不適合品の検出事例では、撮影した「対象のスペクトルデータ」を「データベース(DB)のスペクトルデータ」とマッチングすることで物質を同定するプロセスを解説しました。
また、膜厚の測定では、スペクトルデータに見られる「光の干渉による波」が膜厚と相関することをお伝えしました。
プラスチックの選別や水分量の測定では「物質ごとに吸収しやすい光が異なる」という特徴から、プラスチックの材質を判別や、水分量を測定できることをお伝えしました。
弊社(ケイエルブイ株式会社)は、これら3つの手法を、干渉、吸収、マッチングと呼び表しています。
ハイパースペクトルカメラのデータ分析(スペクトル解析)の実用的な面では、主としてこの3つの手法が用いられます。
干渉

「光の干渉による波」が膜厚と相関することを利用して膜厚を算出する
吸収

「吸収光の強度の違い」を見て、物質を特定したり、成分量を求める
マッチング

撮影したスペクトルデータをDBとマッチングすることで物質を同定する
「干渉」によって、膜厚を測定できます。
また「吸収」や「マッチング」によって、プラスチックの材質など異なる対象を見分けたり、異物や不適合品を検出できます。
さらに「吸収」を用いれば、水分などの成分量を測定できます。
工業分野のアプリケーション
ハイパースペクトルカメラによって、金属や樹脂、油を判別できるため、ライン上で、異物や不適合品の検出を行えます。またスペクトルデータから物質の吸収光を見ることで、水分量を測定するというように、成分の定量化も可能です。
異物・不適合品の検出 | 金属・樹脂・油等の判別、金属加工の品質管理 |
---|---|
膜厚測定 | 半導体の膜厚測定、フィルム、コーティング、塗布剤の品質管理 |
プラスチックの選別 | 材質の判別、成分量を求める |
水分の測定 | 水分量、液体の種類(ガラスなど水分を吸収しない対象上の水分も検出可能) |
関連製品のご紹介
撮影事例で、実際に使われたハイパースペクトルカメラです。


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