量子コンピュータの方式とレーザー活用
量子コンピュータは、原子・イオン・光子などの量子を精密に制御する必要があります。
レーザーは、量子操作において中心的なツールとして多く用いられています。
ここでは、レーザー関連製品を取りそろえる光学商社の立場から、量子コンピュータの各方式及びそれらで利用されるレーザーの活用についてご説明いたします。
尚、現在公開されている各種論文・研究発表やレーザーメーカーの研究事例を元に整理しています。実際の研究毎に異なる部分がありますのでご了承ください。
量子コンピュータ、レーザーが重要となる3つの方式
量子コンピュータには複数の実現方式がありますが、レーザーが重要な役割を果たす代表的な方式として、以下の3つが挙げられます。
| 方式 | 冷却原子方式(中性原子方式) | イオントラップ方式 | 光量子方式 |
|---|---|---|---|
| 量子ビットの実体 | 中性原子(Rb, Csなど) | イオン(Yb⁺, Ca⁺など) | 光子 |
| 量子ビットの冷却 | レーザー冷却で μK〜nK まで | レーザー冷却で運動状態を低温化 | 冷却の概念なし(光子のため) |
| レーザーの役割 | ・冷却 ・トラップ ・ゲート操作 ・観測 | ・冷却 ・ゲート操作 ・観測 | ・光子生成 ・状態操作 ・検出 |
※主要な量子コンピュータの実現方式としては、他にも超伝導方式や、半導体方式(シリコンスピン方式)などがありますが、レーザーは中核的な役割は担いません。
本記事では、レーザーを使用するそれぞれの方式での活用を詳しく見ていきます。
冷却原子方式の量子コンピュータでのレーザー活用
冷却原子方式では、中性原子(主にルビジウムやセシウム)が量子ビットとして用いられています。原子を極低温まで冷却し、レーザーで精密に制御することで量子計算を実行します。
冷却原子方式では、以下の工程でレーザーが使用されます。
- レーザー冷却(ドップラー冷却、サブドップラー冷却)
- リポンプ
- 光格子・光ピンセットによるトラップ
- リュードベリ励起による量子ゲート操作
- 蛍光イメージングによる観測
ここでは、それぞれの工程を見ていきます。
レーザー冷却(ドップラー冷却、サブドップラー冷却)
原子を絶対零度に近づけることで、熱運動を抑えて個々の原子を安定に捕捉・制御できるようにします。冷却原子方式はその名の通り、原子を冷やすことから始まります。
ドップラー冷却とは?
ドップラー冷却は、原子の共鳴周波数よりわずかに低い周波数(赤方離調)のレーザーを照射する技術です。
運動する原子がレーザー光に向かって移動すると、ドップラー効果により光の周波数が上がって共鳴に近づき、光子を吸収します。このとき原子は光子の運動量を受け取って減速します。

逆方向に運動する原子は共鳴から遠ざかるため吸収が起きにくくなります。
この非対称性により、サイコロの内側のように6方向からレーザーを照射することで原子を効果的に減速・冷却できます。
サブドップラー冷却でさらに冷やす
ドップラー冷却だけではマイクロケルビン程度が限界のため、サブドップラー冷却(偏光勾配冷却など)を用いてさらに低温まで冷却します。
冷却には原子の遷移波長に合わせたレーザーが必要です。ルビジウム原子の場合、D2線の780nm、セシウムの場合852nmが用いられます。
リポンプレーザー
レーザー冷却を続けると、一部の原子が冷却光と相互作用しない準位(ダークステート)に落ちてしまいます。
ダークステートに落ちた原子は冷却サイクルから外れ、使用できなくなります。
リポンプレーザーは、ダークステートに落ちた原子を冷却サイクルに戻すために使用します。ルビジウム原子の場合、D2線の780nm帯で別の遷移を励起するレーザーを追加します。
ドップラー冷却中は常にリポンプレーザーを併用するのが一般的です。
光ピンセット
光ピンセットは、強く集光したレーザービームで個々の原子を捕捉・操作する技術です。1064nmなどのレーザーが用いられます。
高開口数のレンズでレーザーを回折限界まで絞り込むと、焦点付近に光双極子力によるポテンシャルの井戸ができます。原子はこの井戸に閉じ込められ、レーザーの位置を動かすことで原子を自在に移動させることができます。
空間光変調器(SLM)を用いると、1本のレーザーから複数の光ピンセットを生成し、任意の配置で原子を並べることが可能になります。
参考:「A. G. Radnaev et al.:A universal neutral-atom quantum computer with individual optical addressing and non-destructive readout」(最終閲覧日:2026/6/30)
参考:「Hannah J. Manetsch et al.:A tweezer array with 6,100 highly coherent atomic qubits」(最終閲覧日:2026/6/30)
量子を整列させる技術として、量子シミュレーターでは光格子も
光格子は、対向するレーザービーム(光ピンセットと同じ1064nmなど)が作る定在波によって形成されます。定在波の強度が強い場所と弱い場所が交互に並び、原子はエネルギーの低い「谷」に捕捉されます。
結晶格子のように原子が規則正しく配列されるため「光格子」と呼ばれます。
光格子を用いることで、多数の原子を一括して整列させ、量子シミュレーションなどに活用できます。
リュードベリ励起と量子ゲート操作
量子ゲートを実現するために、原子をリュードベリ状態に励起します。その操作にレーザーが用いられます。
ルビジウム原子の場合、780nmと480nmの2色のレーザーを同時に照射し、2光子遷移によりリュードベリ状態へ励起します。
※他の原子種では波長が異なります(セシウムの例:459nm+1040nmなど)
リュードベリ状態とは?
リュードベリ状態とは、電子が原子核から非常に遠く離れた軌道にある状態で、通常の原子の数千倍のサイズに膨らみます。
リュードベリ原子は非常に大きな分極率を持ち、近接原子間に強い相互作用(ファンデルワールス相互作用など)が働きます。
この相互作用により、1つの原子がリュードベリ状態にあると、近くの原子は同じリュードベリ状態に励起できなくなります。これを「リュードベリブロッケード」と呼びます。
リュードベリブロッケードを利用することで、2量子ビットゲート(CZゲートなど)を実現できます。片方の原子の状態に応じて、もう片方の原子への操作結果が変わるという条件付き動作により、量子もつれが生成されます。
参考:「富田 隆文:冷却原子を用いた量子シミュレーション- リュードベリ原子編 –」(最終閲覧日:2026/6/30)
レーザーによる観測
読み出しでは、近共鳴のレーザー(プローブ光)を原子に照射し、発生する蛍光をカメラで検出する方法が広く用いられます。
状態選択的な測定では、特定の内部状態にある原子だけをトラップから失わせる方法や、特定の状態だけを蛍光検出する方法などが用いられます。光っているサイトと光っていないサイトのパターンから、各量子ビットの状態を判定します。
また近年は、原子を失わずに状態を読む非破壊読み出しの研究も進められています。
参考:「A. G. Radnaev et al.:A universal neutral-atom quantum computer with individual optical addressing and non-destructive readout」(最終閲覧日:2026/6/30)
イオントラップ方式の量子コンピュータでのレーザー活用
イオントラップ方式では、電子を1個剥ぎ取ったイオン(Yb⁺、Ca⁺、Ba⁺など)を量子ビットとして用います。
冷原子方式との大きな違いは、イオンの閉じ込め方法です。イオンは電荷を持つため、電磁場(RFトラップ)によって直接捕捉できます。光格子や光ピンセットは不要です。
ただし、以下の操作には冷原子方式と同様にレーザーが用いられます。
冷却
ドップラー冷却やサイドバンド冷却により、捕捉されたイオンの運動状態を低温化します。
イオン生成
中性原子を光イオン化してイオンを生成します。2段階のレーザー励起により、原子から電子を剥ぎ取ります。イッテルビウムの場合は399nmと369nmのレーザーが用いられています。
ゲート操作
- 1量子ビットゲートはラマン遷移やマイクロ波で実現します。
- 2量子ビットゲートは、イオン間のクーロン相互作用を利用します。イオン同士は電気的に反発し合い、一列に並んだイオン鎖は共有の振動モード(フォノン)を持ちます。レーザーでイオンを揺らすことで、この振動モードを介して離れたイオン間にもつれを生成します。
観測
蛍光イメージングにより、各イオンの状態を読み出します。
イオントラップ方式は、長いコヒーレンス時間や高いゲート忠実度で知られる有力方式です。一方、イオン数が増えると振動モードの制御やレーザー照射の複雑性が増すため、大規模化には技術的な課題があります。
光量子方式の量子コンピュータでのレーザー活用
光量子方式は、光子そのものを量子ビットとして用います。常温で動作可能なこと、光ファイバーや既存の光通信技術との親和性が高いことがメリットです。
光量子方式には大きく分けて離散変数(DV)方式と連続変数(CV)方式があります。
離散変数方式におけるポンプレーザー
離散変数方式では、単一光子を量子ビットとして使用します。量子情報は光子の偏光、経路、または時間ビンにエンコードされます。
単一光子をどうやって生成するのか?
単一光子を生成する代表的な方法として、自発パラメトリック下方変換(SPDC)があります。
非線形結晶(BBO、PPLNなど)にポンプレーザーを照射すると、まれに1個のポンプ光子が2個の光子(シグナル光子とアイドラー光子)に変換されます。
片方の光子を検出することで、もう片方に単一光子が存在することを確認できます(ヘラルド型単一光子源)。
ポンプレーザーには高い繰り返し周波数が求められます。光子ペアの生成確率は低いため、繰り返し周波数が高いほど単一光子の生成レートが向上します。
連続変数方式におけるシードレーザー(種光)
連続変数方式では、光の振幅と位相(直交位相成分)に量子情報をエンコードします。スクイーズド光(量子揺らぎを圧縮した光)を用いることで、量子計算や量子誤り訂正が可能になります。
スクイーズド光の生成には、OPO(光パラメトリック発振器)やPPLN導波路などの非線形光学デバイスが用いられます。これらにポンプレーザーを入射し、光パラメトリック過程を利用して量子雑音が圧縮された光を生成します。実験構成によっては、シード光やローカルオシレータ光も重要な役割を担います。
光量子方式では光通信のCバンド帯(1550nm)が有力な波長帯として用いられています。光ファイバーの損失が最小となり、通信用に開発された高品質な部品が利用できるためです。
1550nm帯の実装では、スクイーズド光源、位相制御、ホモダイン検出用のローカルオシレータなどに、低ノイズで安定したレーザー光源が求められます。求められる出力・線幅・ノイズ特性は実験構成によって異なります。
1550nmレーザーダイオード (10mW-500mW)
中心波長1550nmの近赤外ファイバーレーザー。DFB(10〜200mW)Bragg(400mW)超狭帯域ver. DFB(20〜100mW)から選択可能。
詳細を見る連続変数方式における読み出し
連続変数方式の量子状態を読み出すには、ホモダイン検出またはヘテロダイン検出を行います。いずれも信号光と参照光(ローカルオシレータ)を干渉させて測定します。
ヘテロダイン検出には、信号を分けてqとpを同時に測るダブルホモダイン型と、参照光の周波数をずらす周波数オフセット型があります。
ホモダイン検出やダブルホモダイン検出では、信号光と同じ周波数の参照光を使用します。周波数オフセット型のヘテロダイン検出では、信号光とわずかに異なる周波数の参照光を使用するため、AOM(音響光学変調器)で周波数シフトを行います。
参考:「Kosuke Fukui et al.:Building a large-scale quantum computer with continuous-variable optical technologies」(最終閲覧日:2026/6/30)
参考:「Christian Weedbrook et al.:Gaussian Quantum Information」(最終閲覧日:2026/6/30)
参考:「Dr. Rüdiger Paschotta:Optical Heterodyne Detection」(最終閲覧日:2026/6/30)
量子分野で共通して求められるレーザーの性質
ここからは、量子コンピュータに用いるレーザーに求められる性質を見ていきます。
用途に応じて厳しい要求仕様がありますが、共通して重要なポイントがあります。
| 用途 | 求められる性質 |
|---|---|
| 量子の初期化・状態準備 | 低ノイズ、周波数の安定化(固定) |
| 量子の制御・ゲート操作 | 高速のオン/オフ切り換え、正確なタイミング制御、低ノイズ |
| 量子の測定・観測 | 低ノイズ |
それぞれの性質について解説します。
低ノイズであること
量子状態は外部ノイズに敏感です。レーザーの強度揺らぎや周波数揺らぎは、量子ビットのコヒーレンスを劣化させる原因となります。
このため、低ノイズのレーザー光源と電源が必要になります。
レーザーダイオードシリーズ
520nm~1650nmまでの可視から近赤外の波長域のレーザーダイオードをラインナップ。 お好みのレーザーダイオード、電源、パッケージをそれぞれ組み合わせてご選択いただけます。
詳細を見る
周波数の安定化(周波数ロック)
原子やイオンの遷移を正確に励起するためには、レーザー周波数を遷移周波数に精密にロックする必要があります。
環境振動や温度変化による周波数ドリフトを抑制するため、高い周波数安定性が求められます。
レーザーロックPIDコントローラー PID-C
最大 30MHzの広いPID 制御帯域幅でノイズ レベルを最小に抑えるように設計されたレーザー ロック PID コントローラ。タッチスクリーンでの制御が可能。
詳細を見る高速のオン/オフ切り換え
量子ゲート操作は非常に短い時間スケール(ナノ秒〜マイクロ秒)で行われます。
レーザーパルスの立ち上がり・立ち下がり時間を短くし、高い消光比でオン/オフを切り換える必要があります。AOMやEOM(電気光学変調器)などの変調器が用いられます。
正確なタイミング制御
量子回路を実行するには、複数のレーザーパルスを正確なタイミングで照射する必要があります。
時間的なジッターを抑え、再現性のある制御が求められます。
量子分野のレーザー製品についてご相談ください
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詳細を見るまた、低ノイズ電源、AOM(音響光学変調器)、SOA(半導体光増幅器)など、量子分野で導入実績のある周辺機器も取り扱っております。







