スペクトルカメラは、物体に当たった光の反射や吸収を波長ごとに詳細に計測することができるカメラです。
各建材は、その化学組成や構造に応じて特有の光学的な性質(スペクトル特性)を持ちます。
たとえば、木材はセルロースやリグニンといった有機物が、コンクリートはその主成分であるカルシウムやシリカが、近赤外線領域の特定波長を吸収します。
このように、各素材の成分や内部構造がその反射・吸収特性を決定するため、スペクトルカメラによってこれらの違いを捉えることで分類が可能になります。

建築資材の分類は、建設現場での効率的な資材管理、適切な分別による環境への配慮など、さまざまな目的において重要です。
このようなニーズに対して、非接触で資材の分類が可能な分光法は、非常に有効な手段です。
本記事では、スペクトルカメラと比較的簡単に使用できるSAM(Spectral Angle Mapper)を用いた建築廃材の分類のデモ結果を紹介します。
デモの内容
概要
コンクリート・木片・金属、紙片・石などの建築廃材を模したサンプルを用意し、これらがSAM(Spectral Angle Mapper)という簡易的に行えるスペクトル解析で分類できることを確認しました。
サンプル | コンクリート・木片(ヒノキ)・金属(ネジ)・塗装金属(亜鉛メッキネジ)、紙片・大理石・花崗岩・石灰岩・梱包材(プチプチ)・ビニールテープ・ソケット(セラミック) |
---|---|
スペクトルカメラ | Hyspex SWIR-384 |
スペクトル解析ツール | Resonon Spectronon |
スペクトルカメラによる建築廃材の分類
建築廃材分類の必要性
建設・解体工事に伴って発生する多種多様な廃材は、通常そのまま廃棄されます。しかし、建材ごとに適切な処理方法が異なるため、分類が不十分なまま処理を行うと、焼却や埋立処理の効率低下、有害物質の発生、さらにはリサイクル精度の低下を招くおそれがあります。
さらに、再資源化を目的とした処理工程においては、金属・木材・コンクリート・プラスチックなどの材料を正確に識別することが不可欠です。
このような背景から、資源の有効活用、処理コストの削減、環境負荷の軽減といった観点において、建築廃材の適切な分類の重要性がますます高まっています。
スペクトルカメラによる建築廃材分類の原理

以下に簡単に、今回のデモで用意したサンプルと、それぞれのスペクトル観点での特徴をまとめました。

材料 | 特徴 | 特徴波長 | 備考 |
---|---|---|---|
コンクリート | 無機質成分(カルシウム系)による吸収あり | 赤外線(特に1400–2500nm) | 水酸化物成分、水分吸収も強いので赤外線が有効 |
木材 | 有機物(セルロース、リグニン)による吸収あり | 近赤外線(1100–1700nm) | 1450nm付近(結合水の吸収)も特徴 |
金属(ネジ) | 可視・赤外どちらもほぼ反射、特徴吸収はほぼなし | 可視光・近赤外(反射強度の違い) | 金属光沢による強い反射あり |
塗装金属 | 金属表面の塗料成分の吸収あり | 可視光優位 | 塗装色による反射・吸収差での検出が有効 |
紙片 | 木材由来の吸収あり(加工影響あり) | 近赤外線(1100–1700nm) | 木材に似た吸収。漂白・塗工に注意。 |
大理石 | 炭酸カルシウム主体の吸収あり | 赤外線(1400–2500nm) | 水分吸収帯、炭酸塩吸収帯に特徴あり |
花崗岩 | 石英・長石などの混合岩で鉱物成分の吸収あり | 赤外線(1700–2500nm) | 各鉱物成分の微妙な違いを赤外域で検出する必要あり |
石灰岩 | 炭酸カルシウム主体の吸収で、大理石に近い | 赤外線(1400–2500nm) | 大理石と吸収特性が近い点に注意 |
梱包材(プチプチ) | ポリエチレン(PE)素材の吸収あり | 赤外線(1200–1700nm) | 有機高分子の赤外吸収が特徴的 |
ビニールテープ | PVC(塩ビ)など高分子素材の吸収あり | 赤外線(特に1400–1700nm) | 有機分子結合(C-H、C-Cl)吸収がある |
ソケット(セラミック) | 酸化アルミニウム、酸化ケイ素の吸収あり | 赤外線(1800–2500nm) | セラミック特有の結晶吸収帯が赤外域に存在 |
建築廃材の識別においては、対象となる材料の多くが近赤外領域(900〜2500nm)において特有の吸収特性を示すため、可視光よりも近赤外が有効であると考えられる。
デモ手順
今回のデモの手順を以下に紹介します。

Step1スペクトルの測定
Hyspex Baldur SWIR-384 を使用して、サンプル建築廃材の反射スペクトルを取得します。
Step2スペクトルのSAM解析分類モデルの作成
取得した建築廃材のスペクトル画像の各素材の一部のスペクトルを使用してSAM解析による分類モデルを作成します。
Step3スペクトルのSAM解析
作成した分類モデルを使用して、画像全体の分類画像を生成。実際の分類と比較して正しく分類ができているかを確認します。
デモ環境(測定機器)

精度の高いスペクトルデータ取得のためには、カメラだけではなく、”対象物に対する均一な照射を行うための光源”、”各装置の固定やサンプルの安定した稼動を行うためのステージ”、”反射率の補正の基準となる白色校正板”なども重要です。
目的や予算に応じたスペクトルカメラや測定方法の選択が、結果を大きく左右する重要な要素になります。
スペクトルカメラ選びは世界中のスペクトルカメラを取り扱うケイエルブイに お問い合わせください。
スペクトルカメラ
今回は、近赤外のスペクトルを取得できるカメラの中から、Hyspex SWIR-384を使用しました。

建築廃材のように多種多様な素材が混在する対象物を対象に、高精度な材質判別を行う必要があるため、より幅広い近赤外域(950~2500nm)のスペクトル情報を活用できる点を重視しました
特に有機物は内部構造に基づいた特徴的な吸収スペクトルを持つことから、近赤外による識別は可視光に比べて優れた判別性能を発揮します。
また、実用面から速度も重要です。
一般的に高速撮影が困難とされる近赤外スペクトルカメラでも、400fpsという高いフレームレートを実現しているという観点から、Hyspex SWIR-384を選定しています。
波長範囲 | 960-2500nm |
---|---|
スペクトルバンド数 | 288 |
最大フレームレート | 400fps |
空間分解能 | 384画素 |
寸法 | 316x105x153[mm] |
重量 | 4.2kg |
レンズ | 30cm |
---|
ステージ
ステージは、反射測定を行うためのステージを使用しました。

スペクトルカメラをサンプルの上部に配置し、斜めから光が入るように光源を用意しました。
ステージは、光源からカメラまでの光路の均一性の確保や振動が与える影響の低減、スペクトルカメラとの連携など高精度で再現性のあるデータを得るために重要な役割を果たします。
ケイエルブイでは、スペクトルカメラ、光源と合わせて適切なステージをご紹介します。→お問い合わせ
光源
光源には、ハロゲンランプを使用しました。
ハロゲンランプは、可視光から近赤外領域(約350~2500nm)までの広い波長範囲にわたり、連続的なスペクトルを出力します。この特性により、近赤外のスペクトル解析に適しています。
ハロゲンサイクルによってフィラメントの蒸発が抑制されるので、ランプ光源の中では長時間にわたり安定した光を供給できる特性があり、分光分析のインライン計測でも頻繁に採用されます。
光源の選定は、測定波長をカバーしているかだけではなく、出力の強度、安定性、寿命などを含めスペクトル解析の精度の面でも重要です。
光源の種類は、ランプだけではなくLEDやレーザー励起光源など多岐に渡ります。ケイエルブイはスペクトル解析向けの専用光源なども取り扱っておりますので、ご相談ください。お問い合わせ
測定結果(取得スペクトル)
スペクトル
撮影した建築廃材の各スペクトルを以下に示します。

コンクリートのスペクトル特性(オレンジ色の線)
平坦で低反射な近赤外スペクトル特性
全波長域にわたって非常に低く安定した反射率を示しており、950nmから2350nmの範囲でも大きな変動は見られません。
このような平坦で暗いスペクトル特性は、他の材料には見られないため識別が可能です。
木片のスペクトル特性(濃い紫色の線)
高反射で複数の吸収帯
950〜1350nmの波長域で反射率が非常に高く、おおむね0.8〜0.9の範囲を保っています。
このような高い反射率は他の材料には見られず、明確な識別要素となります。
1350〜1450nm付近で反射率が一度大きく低下し、1600nmを超えると再び上昇、その後1900nmに吸収のピークが現れます。
さらに、中波長域(1500〜1800nm)ではスペクトルの振動が大きく、似た波形を持つ他材料との識別が可能です。
ビニールテープのスペクトル特性(青色の線)
1700nm付近の急激な反射率低下
950nm~1350nmの短波長域で反射率が約0.5~0.55と安定しており、大きな変動は見られません。この点で、木片のような高反射材料とは明確な違いがあります。
また、1700nm付近で急激に反射率が低下し、1800nm以降も変動を伴いながら低下が続いています。特に2200nm~2350nmの長波長域では反射率が0.1以下となり、他の材料と比較して明確な吸収帯を持つことで識別が可能です。
梱包材(プチプチ)のスペクトル特性(濃い青色の線)
中間的反射率と緩やかなスペクトル変化
950nm〜1300nmの短波長域で反射率が0.4〜0.5程度の中間的な値を示しています。
1350nm〜1650nmでも比較的平坦なスペクトルを示し、特定の急激な変化は見られません。
その後、1700nmおよび1900nm付近に軽度の吸収が見られ、2350nmにかけては緩やかに反射率が減少していきます。この点が、2200nmで急激に反射率が落ちるビニールテープとの明確な区別の材料になります。
厚紙のスペクトル特性(紺色の線)
木片との違う特徴を確認
950nm付近で約0.7と比較的高い反射率を示し、高反射材料に分類されます。
1350nm〜1450nmにかけて緩やかな反射率の低下が見られますが、1500nm〜1600nm付近で再び回復する波形パターンが特徴です。
1800nm以降の長波長域では反射率が全体として低下傾向にあり、1900nmと2100nm付近に明確な吸収帯があります。木片と類似した傾向を持ちますが、950nm〜1350nmの反射率や、1900nm以降の波の振幅の違いから識別が可能です。
今回、こちらの5つの材料が分類できるかを確認していきます。
擬似RGB
擬似RGBは、スペクトルの特定の波長を赤(R)、緑(G)、青(B)に割り当てた画像です。

それぞれの材料で色が異なり、目視であれば分別で切ることがわかります。
解析結果(スペクトル解析)
スペクトル解析ツール
スペクトル解析には、Resonon社が開発したハイパースペクトル画像解析ソフトウェア「Spectronon」を使用しました。
「Spectronon」は、特に簡易的なスペクトル解析に適しています。
他社製のスペクトルカメラで取得したENVI形式(.bip、.bil、.bsq)のスペクトルデータにも対応しており、平均スペクトルや標準偏差の表示、任意の波長をRGBに割り当てた偽色画像の生成や、単一波長のグレースケール画像の作成などが可能です。
さらに、SAM(スペクトルアングルマッパー)などの分類アルゴリズムを搭載しており、分類結果を視覚的に表示し、異なる材料や状態の識別が可能です。

Resonon社 Spectronon
「Spectronon」は、ハイパースペクトルイメージング向けのスペクトル解析ソフトウェアです。
擬色画像、グレースケール画像、SAMなどで取得したスペクトルイメージを可視化して分類などが可能です。
スペクトル解析内容と結果
スペクトルを用いた分類でよく使用される”主成分分析(PCA)”は、多変量データの次元を削減し、データの構造を把握するための手法ですが、統計的な知識が求められます 。
一方、スペクトルアングルマッパー(SAM)は、基準スペクトルと各画素のスペクトルとの間の角度を計算することで類似度を評価する手法であり、照度の影響を受けにくく、簡単に実行できて、直感的に理解しやすい特徴があります 。
今回の分類では、シンプルで扱いやすいSAMを採用しました。
スペクトル解析内容と結果
今回、SAM(Spectral Angle Mapper)解析を用いてコンクリート、木片、梱包材(プチプチ)、ビニールテープ、厚紙を分類するモデルを作成し、画像に適用した結果を紹介します。

SAM解析では、木片・ビニールテープ・厚紙・コンクリート・梱包材(プチプチ)など、各素材が異なる色で明確に分類されていることから、高精度な識別が可能であるとわかります。
この分類が成功した背景には、各材料が近赤外領域(900〜2500nm)で特有の反射・吸収スペクトル特性を示す点があり、それを利用してSAMが素材の違いを正確に検出しています。
視覚的に区別が難しい素材であっても、スペクトル解析は正確に識別できることから、廃材の自動選別やリサイクル分野への応用が可能です。
まとめ
今回、建築資材を対象に、「コンクリート、木片、金属、大理石などが分類できるか」を評価を実施しました。
- 建築廃材は近赤外領域(900~2500nm)で特有の反射・吸収特性を示し、スペクトルの違いに基づいた識別が可能
- Hyspex SWIR-384とSpectronon(SAM解析)の組み合わせにより、建築廃材(木材、金属、プラスチックなど)を非接触・非破壊で高精度に分類し画像表示が可能
- スペクトル解析は、廃材リサイクルの効率化・環境負荷軽減・コスト削減に大きく貢献する可能性がある技術といえる。
ケイエルブイはスペクトルカメラや多変量解析の導入を検討されているお客様向けにデモサービスも行っております。
デモに関してご興味のある方は、ご相談ください。お問い合わせ